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シンプル・ライフ

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「村上春樹 国境の南、太陽の西」


  絶望の作法。~「村上春樹 国境の南、太陽の西」


 ぼくは、寝るのが下手だ。
大体、明け方に目が覚める。それはとても不便だ。七時に起きないといけないとき、六時に目が覚めてしまう。
そんな時、仕方ないから酒を呑み、枕もとに常備してある本を読む。
読むのは大体村上春樹だ。デビュー作の「風の歌を聴け」から始めて、最新作までのローテーションを、ここ数年ずっと繰り返している。
たまたま昨日は、「国境の南、太陽の西」だった。一人の会社員が、結婚した女性の父親から土地を借り、融資を受け、バーを始めたところ、驚くほど穏やかに成功する。しかし、彼は自分が不当な利潤を得ているのでは無いかと思う、というのが大筋だ。
物語が進むにつれ、彼はかつて自分が傷つけた恋人が今でもその傷を負ったまま、そしてそれによって取り返しがつかなくなった人生を送っていると知る。
 過去にすれ違ってきた大切な人々たちの今を知るうち、彼の中の不当な厚遇を受けている気持ちはドンドン大きくなっていく。そして、最後には彼は、もう、自分が未来になんの希望も持てなくなっている事を知る。
 そして彼は、今度は次の世代のために、なんらかの希望を持たせることが出来ないかと思う。
 これはつまり、静かに絶望してゆく物語だ。いや、村上春樹の小説というのは、全てがそうかもしれない。
 きっと、誠実すぎるのだろうと思う。これは決していいことではない。刑罰やナチスに誠実な人間は、決していい死に方をしないだろう。誠実そのものは、無条件に美徳ではないのだ。
それでもどうしようもなく、現実に起こっている事に誠実な人間がいて、そうすると、もう、絶望することは必須の習得科目なのではないかと思う。
資産的に恵まれており、家族も上手く行っており、余暇も優雅に過ごせている。そして、なにより、被害者でなくて加害者だ。これだけ幸せの条件をそろえており、そしてそのことその物が、絶望につながる。これは、誠意だよ、やっぱり。
我々は、どれだけ多くの物を、人と比べて沢山得られていても、それが本当に心から望んだ物でない限り、本当に喜ぶ訳にはいかないのだ。
 もちろん、滑り込みギリギリでセーフにならなかったという安心感は、ずっと自分を落ち着かせてくれるだろう。
 でも、どこかで誰かが自分の代わりにアウトになっている。このルールその物に居心地の悪さを感じるのは、きっと正しい事なんじゃないかと思う。
 世の中には、ひどくつまらない事で他人と張り合い、悪意を撒き散らし、恨んだり優越感に浸ったりする人間がいる。きっと、とても多い。
 私たちは知らない内にそういう者に襲撃されたり、そういう者になっていたりする。
 これはもう、ただの戦争なのだと思う。
 理由なんてありはしない。ただ、自分と相手は違うチームに分かれて、選択の余地なく戦うしかないのだ。
 そんな生活の安全圏の中、静かに品よく絶望するのは、きっと最低限必要な誠意だろうと、ぼくは思う。無情な太陽がまた昇るまでの間、ぼくは酒を飲み、ページをめくり、絶望の中で銃を磨く


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